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昭和の魅力

⑥「至誠一貫」の精神

至誠一貫
建学の精神
【至誠一貫(しせいいっかん)】
常に相手の立場にたって、まごころを尽くす

90年にわたり受け継がれてきた「至誠一貫」の精神

本学創立者・上條秀介は、学問と研究に偏った、当時の帝国大学の医学教育に疑問を抱き、人々の求めに役立つ優れた臨床医を養成することの重要性を世に訴え、1928年(昭和3年)に昭和大学の前身・昭和医学専門学校を創設、同附属病院を開院しました。

創立以来、昭和大学が掲げる建学の精神は「至誠一貫」。これは“常に相手の立場にたって、まごころを尽くす”という意味の精神であり、言いかえれば、“痛みを抱える患者さんに対し、医療に従事する者はまごころを持って接する”という考え方です。

90年の歳月を経て、医学部、歯学部、薬学部、保健医療学部の<医系総合大学>として歩む今日に至るまで、この建学の精神は色褪せることなく脈々と受け継がれています。

創立者 上條秀介博士

上條秀介は1893年(明治26年)に長野県に生まれ、東京大学で医学を学び、卒業後は東京大学に奉職し、そこで内科学、病理学を研鑚して医学博士となります。

大正14年、上條は当時の社会情勢と医学教育体制との矛盾を逸早く洞察し、優れた臨床医を養成することの重要性を世に訴え、本学の前身である昭和医学専門学校創立の計画に着手しました。

上條は石井吉五郎、吾妻俊夫らの援助によって幾多の困難を乗り切り、昭和3年4月、同医学専門学校を創立しました。教育活動の理念に「不求一身安」「至誠一貫」を揚げ、学生の可能性を引き伸ばす教育を自ら実践しました。

学校長を経て戦後は引き続き昭和医科大学長として、一貫して医学教育、看護教育の充実と本学の基礎作りに邁進しました。また、日本病院会の初代会長に就任するなど、戦前・戦中・戦後の一生を通して日本の医療界や医学教育の発展に大きく貢献しました。

創立者 上條秀介博士

医系総合大学への歩み

1928(昭和3年)昭和医学専門学校を設立
1946(昭和21年)医科大学設立認可、昭和医科大学となる
1951(昭和26年)烏山病院、本学の附属病院となる
1959(昭和34年)大学院医学研究科博士課程を設置
1964(昭和39年)昭和大学と改称
薬学部を設置
医学部附属高等看護学校を設置(後、看護専門学校に名称変更)
1965(昭和40年)富士吉田校舎を開設
第1学年の全寮制がスタート
1969(昭和44年)大学院薬学研究科修士課程を設置
1974(昭和49年)大学院薬学研究科博士課程を設置
1975(昭和50年)附属藤が丘病院竣工、開院
1977(昭和52年)学部を設置
歯学部附属病院(歯科病院)竣工、開院
1982(昭和57年)豊洲病院を本学附属病院として整備、開院
1983(昭和58年)大学院歯学研究科博士課程を設置
1990(平成2年)附属藤が丘リハビリテーション病院竣工、開院
1997(平成9年)昭和大学医療短期大学創設、開学(保健医療学部前身)
1998(平成10年)大学院薬学研究科設置 博士課程(前期・後期)
2001(平成13年)昭和大学横浜市北部病院開院
2002(平成14年)保健医療学部を設置
2006(平成18年)薬学部薬学科の6年制課程を設置
教養部を富士吉田教育部に改組
豊洲クリニック開院
2007(平成19年)大学院保健医療学研究科修士課程を設置
2012(平成24年)大学院薬学研究科博士課程を設置
大学院保健医療研究科博士後期課程を設置
助産学専攻科 助産師学校指定
2014(平成26年)江東豊洲病院開院
2016(平成28年)歯科病院内科クリニック開院
2018(平成30年)創立90周年
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